怪文書、偉大な死を迎えるということ

レオナルドダヴィンチがもしも、紙を有り余るほど持っていたら、もう少しは彼について個人的なことを知れたのだろうか。

人の死の本質は忘却である、というような、実存主義の隆盛爾来、使い古されてきた言い回しを繰り返す必要はない。

死は成長の一形態であり、恐れることはない。もはや、死への恐怖に突き動かされて実存することはなく、人は決して死のみに生きるにあらず。

生は常に自分ごとであるが、死は常に他人ごとだ。人は生のみをもって人生を全うするのであって、その人自身の人生に死が現前するのではない。

 

慰めをただただ受け入れるよりも、小さな希望を持つことの方が死の恐怖を死なせるにふさわしく、意志を最も活かす道である。

死を成長の、すなわち生の一形態だと話を置き換えたところで、何かの解決になるであろうか。ならない。

死も生も、ある程度妥当性を持つもののあくまでも恣意的な命名によるものでしかない。それは、白人・黒人といったカテゴリー用語でしかない。

その内実に妥当性が見られるとしても、それ自体についての全てを語るのではない。

我々は、一人の人生の生と死について語るとき、どう足掻いてもその人生の他者にしかなれない。死を語りに入れる時点で、その人生に絶対的に他者であり続ける。しかし、我々はまた一人の人間に生も死も付与する。そして、その他人事である死に突き動かされて、実存へのエネルギーにしようとすることを正当化しようとする。

そんなものは、敢えて選ばれた生ではない。生かされた生だ。

 

ラクダ、ライオン、子供。

大いなる正午を迎えた。

ラクダであった時期は2年前に終わった。これで全てを背負い込み、長く続くであろう不安と苦労ばかりを心配し、死を背後に感じつつ実存を望んで彷徨い歩く時代は終わった。今はライオンか。あるいは、すでに子供への変容を感じてもいる。

ライオンはまだまだ「我欲す」とがなりたてている。そもそも、生きることとはなんであったか。

 

死こそ成長の究極形態である。Carpe diem、常に今こそ何かを始める機運の満ちる時。

ツァラトゥストラと出会って、哲学を始めた人生だった。

そもそも生存すら脅かされていた私の人生に必要だったのが、実存主義だったのだろう。

私が私として生きるために。その私って?

 

初めに言葉があった、神は言葉と共にいた。

初めに存在があった、存在は実存の不安と共にいた。